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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)17号 判決

原告

任天堂株式会社

被告

サンダーズアソシエーツインコーポレーテツド

主文

特許庁が昭和六十一年審判第二八一〇号事件について昭和六二年一一月一九日にした審決取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文第一、二項同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「テレビジヨン・ゲーム遊び用装置」とする特許第八一一四九三号発明(一九六九年八月二一日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和四五年八月一二日特許出願、昭和五〇年九月一二日特許出願公告、昭和五一年四月一五日設定登録、以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、原告は、昭和六一年二月二一日、被告の被請求人として本件発明について特許の無効審判を請求し(以下「本件審判請求」という。)、昭和六一年審判第二八一〇号事件として審理された結果、昭和六二年一一月一九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和六三年一月一三日原告に送達された。

二  本件発明の特許請求の範囲

1  少なくとも一人の参加者によつて操作されるようにラスタ走査陰極線管デイスプレイのスクリーン上に記号を発生するためのテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置であつて、下記の手段より成る前記装置…

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に可働な第一の記号(例えば、ピンポン・ゲームのボール)を表示する処の電気信号を発生するための第一の手段、

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に行われるべきゲームによつて定める予じめ定められた固定位置に於いて第二の記号(例えばピンポン・ゲームのネツト)を表示する処の電気信号を発生するための第二の手段、

前記電気信号を発生するための第一の手段及び前記電気信号を発生するための第二の手段に接続されて、前記第一の記号と前記第二の記号との第一の合致を判定する手段、及び前記第一の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第一の合致に応答して前記第一の記号の移動を変更する手段。

2  特許請求の範囲第1項記載の装置であつて、下記の手段を更に含む前記装置…

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に第三の記号(例えばピンポン・ゲームのラケツト)を表示する処の電気信号を発生するための第三の手段、

前記第三の記号を前記スクリーン上で移動させるために前記電気信号を変更する操作可能な制御手段、

前記電気信号を発生するための第一の手段及び前記電気信号を発生するための第三の手段に接続されて、前記第一の記号と前記第三の記号との第二の合致を判定する手段、及び

前記第二の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第二の合致に応答して、前記第一の記号に別の移動を与える手段。

3  特許請求の範囲第1項記載の装置であつて、下記の手段を更に含む前記装置…

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に第三の記号を表示する処の電気信号を発生するための第三の手段、

前記第三の記号を前記スクリーン上で移動させるために前記電気信号を変更する操作可能な制御手段、

前記電気信号を発生するための第一の手段及び前記電気信号を発生するための第三の手段に接続されて、前記第一の記号と前記第三の記号との第二の合致を判定する手段、

前記第二の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第二の合致に応答して、前記第一の記号に別の移動を与える手段、及び

前記第一の記号と前記第三の記号との間に合致が生じないときは、前記第一の記号を前記ラスタの一方の側から該ラスタの地方の側まで前記スクリーン上を横断させる手段。

4  特許請求の範囲第1項記載の、前記第一の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第一の合致に応答して前記第一の記号の移動を変更する手段が、前記第一の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生させるための第一の手段に接続されて、前記第一の合致に応答して前記第一の記号を前記スクリーン上から消滅させる手段である処の前記装置であつて、下記の手段を更に含む前記装置…

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に第三の記号を表示する処の電気信号を発生するための第三の手段、

前記第三の記号を前記スクリーン上で移動させるために前記電気信号を発生するための第一の手段及び前記電気信号を発生するための第三の手段に接続されて、前記第一の記号と前記第三の記号との第二の合致を判定する手段、及び

前記第二の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第二の合致に応答して前記第一の記号に別の移動を与える手段。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第一番目(本件発明の特許請求の範囲1)に記載されたとおりのものと認める。

2  これに対して、請求人(原告)は、本件発明を無効とすべき理由として、

(一) 本件発明は、本件出願前より公知の甲第一ないし四号証刊行物(審判手続における書証番号による。)の記載内容に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない、

(二) 本件発明は、本件の先願に当たる特許発明と同一であるから、特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができない

(三) 本件の特許請求の範囲の記載に不備があるから、本件は特許法第三六条第四項に規定する要件を満たしていない、

ので、本件発明は、特許法第一二三条第一項第一号及び 第三号の規定により無効とされるべきであると主張している。

3  そこで、請求人が主張する前記各理由について検討する。

理由(一)について、

請求人が提示した甲第一号証刊行物米国特許第三一三五八一五号明細書(以下「第一引用例」という。)には、

水平同期パルスと水平ブランキングパルス及び垂直同期パルスと垂直ブランキングパルスを発生するパルス発生器と、前記水平同期パルスと同じ周波数で位相を選択し得る第一のパルス列を発生するミサイル水平位置信号発生手段と、前記垂直同期パルスと同じ周波数で位相を選択的に変化し得る第二のパルス列を発生するミサイル垂直位置信号発生手段と、前記第一のパルス列及び第二のパルス列を加算する第一の加算回路と、所定の振幅を越えた前記第一の加算回路のパルス出力を通過させる第一の振幅弁別回路と、

前記水平同期パルスと同じ周波数で位相を選択的に変化し得る第三のパルス列を発生する目標物水平位置信号発生手段と、前記垂直同期パルスと同じ周波数で位相を選択的に変化し得る第四のパルス列を発生する目標物垂直位置信号発生手段と、前記第三のパルス列及び第四のパルス列を加算する第二の加算回路と、所定の振幅を越えた前記第二の加算回路のパルス出力を通過させる第二の振幅弁別回路と、

前記第一及び第二の振幅弁別回路の出力を加算する第三の加算回路と、

テレビジヨンチヤンネル搬送波を発生する発振器と、この搬送波を前記第三の加算回路の出力で変調する変調器と、

を具備し、通常のテレビジヨン番組を受信するテレビジヨン受信機のスクリーン上に模擬された移動するミサイル及び目標物を表示するためのテレビジヨン信号発生装置が示され、さらに、模擬されたミサイルと目標物とが一致したときにスクリーン上に閃光を発生する回路を具備する旨が記載されており、

甲第二号証刊行物昭和四四年五月一五日株式会社産報発行「トランジスタ パルス回路演習」第一一三頁(以下「第二引用例」という。)には、

外部制御電圧によつて出力パルス幅を連続的に変化し得る単安定マルチバイブレータが示されており、

甲第三号証刊行物昭和四四年三月二〇日丸善株式会社発行「電子回路ハンドブツク」第三五二頁(以下「第三引用例」という。)には、

コンデンサの充放電を利用した三角波発生回路の原理が示されており、

甲第四号証刊行物中央口論社発行科学雑誌「自然」一九六八年四月号のグラビア(以下「第四引用例」という。)には、

陰極線管デイスプレイが接続されたコンピユータのスクリーン上で玉付きゲームを模擬するプログラムを組んだ体験談が記載されている。

そこで、まず、第一引用例に示された技術内容と本件発明とを対比して検討すると、テレビジヨン受像機のスクリーン上において二つの移動する記号を表示するための電気信号を発生する信号発生装置及び前記二つの記号を表わす信号の一致を判別する回路を具備するという点で共通するが、本件の特許請求の範囲に記載されている「第一の記号と第二の記号の合致を判定する手段および電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記合致に応答して前記第一の記号の移動を変更する手段」については何も記載されていない。

このような第一引用例の記載内容と本件発明との相違点に関連して請求人が提示した第四引用例には、組み込まれたプログラムにより動作するコンピユータにより陰極線管の電子ビームを動かして玉突きゲームを模擬するというコンピユータの一応用例が記載されているにとどまり、前記括弧内に記載した二つの記号が一致したときに第一の記号の移動を変更する手段という具体的な構成について何も記載されていない。

また、第二及び第三引用例には、本件発明の要旨と直接関係なく、実施例に関連した単安定マルチバイブレータや三角波発生回路が示されているにすぎない。

したがつて、前記各引用例によつて本件発明の進歩性を阻却されるものではないと認められる。

4  理由(二)について、

請求人が本件の先願に当る特許発明として提示した特許第七七八四一六号(甲第五号証刊行物昭和四九年特許出願公告第三〇二八五号公報参照)の発明(以下「先願発明」という。)は、一九六九年(昭和四四年)五月二七日にアメリカ合衆国にした特許出願に基づいてパリ同盟条約第四条の規定による優先権主張をして昭和四五年五月二七日に出願されたものであつて、その要旨は、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「少なくとも一人の参加者によつて操作されるようにテレビジヨン受像機のスクリーン上に記号を発生するためのテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置であつて、テレビジヨン受像機に結合されると、そのスクリーン上に第一の記号を表示する電気信号を発生するための第一の手段と、該第一の記号をテレビジヨン受像機のスクリーン上で移動させるために前記電気信号を変更する操作可能な制御手段と、テレビジヨン受像機に結合されると、そのスクリーン上に第二の記号を表示する電気信号を発生するための第二の手段と、前記第一の電気信号を発生する手段によつて前記第二の電気信号を発生する手段を制御して、それにより前記第一と第二の記号が一致したときに、前記第一の記号に従つてテレビジヨン受像機のスクリーン上における前記第二の記号の移動を行わせるための手段と、から成る前記装置」

にあるものと認める。

そこで、本件発明と先願発明とを対比して検討すると、テレビジヨン受像機のスクリーン上において、二つの記号を表示するための電気信号を発生する信号発生装置及び前記二つの記号を表す信号の一致を判定する手段を具備するテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置という点で両者は共通しているが、本件発明における可動な第一の記号と固定位置にある第二の記号との合致を判定し、合致に応答して前記第一の記号の移動を変更する手段は、先願発明に具備していない。

そして、本件発明は、このように可動な記号と固定記号との相互作用を行わせることにより、テニスやハンドボールのような壁又はネツトとボールを使用するゲームを模擬できるという先願発明では期待できな作用効果を奏するものと認められる。

したがつて、本件発明は、先願発明と同一であるとは認められない。

5  理由(三)について

本件の特許請求の範囲の記載された本件発明を検討すると、特許請求の範囲に記載された各構成要件となる各回路構成自体に特徴がなく、本件発明の目的を達成せしめるように各回路構成に特定の機能を持たせた点に特徴があるものと認められ、各回路構成の入力及び出力が特定されて各回路構成相互の対応関係が特定されているものと認められるから、本件の特許請求の範囲の記載は完全無欠であるとはなしがたいにしても、本審決の冒頭で本件発明の要旨を認定したように発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものと認められる。

6  以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠によつては本件特許を無効とすることはできない。

四  審決の取消事由

審決の認定、判断は次の点において誤りであり、審決は違法として、取り消されるべきである。

1  本件発明の特許請求の範囲は前記二のとおりであり、特許請求の範囲1項ないし4項の発明は、それぞれ別個の発明であるところ、審決は、本件発明の要旨は特許請求の範囲1記載のとおりであると認定し、第1項の発明(以下「本件第一発明」という。)についてのみ判断し、本件発明の特許を無効にすることはできない、とした。

しかしながら、原告のした本件無効審判請求は、「無効審判請求書」(甲第一三号証)及び「無効審判請求理由補充書」(甲第一四号証)から明らかなとおり、本件第一発明のみでなく、特許請求の範囲2項の発明、同3項の発明及び同4項の発明のすべてについて、その無効を請求したものである。

したがつて、審決が本件第一発明のみの判断をもつて、本件発明の特許無効の審判請求を成り立たないとしたのは、判断遺脱であり、違法である。

2  本件第一発明の要旨は、特許請求の範囲1記載のとおりであつて、これを分脱すると、次のとおりである。

少なくとも一人の参加者によつて操作されるようにラスタ走査陰極線管デイスプレイのスクリーン上の記号を発生するためテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置であつて、下記の手段より成る前記装置、

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に可動な第一の記号(例えば、ピンポン・ゲームのボール)を表示する処の電気信号を発生するための第一の手段、

前記ラスタ走査陰極線管デイスプレイに結合されると、そのスクリーン上に行われるべきゲームによつて定まる予じめ定められた固定位置に於いて第二の記号(例えばピンポン・ゲームのネツト)を表示する処の電気信号を発生するための第二の手段、

前記電気信号を発生するための第一の手段及び前記電気信号を発生するための第二の手段に接続されて、前記第一の記号と前記第二の記号との第一の合致を判定する手段、及び

前記第一の合致を判定する手段及び前記電気信号を発生するための第一の手段に接続されて、前記第一の合致に応答して前記第一の記号の移動を変更する手段。

審決は、本件第一発明の要旨は、特許請求の範囲1記載のとおりであると認定しながら、第一引用例記載のものとの対比においては、両者の共通点、相違点を審決の理由の要点3のとおり認定している。右相違点は、本件第一発明の構成要件をいうものであることは明らかであるから、右共通点は、本件第一発明の構成要件を除く、、、、を指すものと思われるが、「二つの移動する記号を表示するための電気信号を発生する信号発生装置」、及び「前記二つの記号を表す信号の一致を判別する回路」との認定は、構成要件の「可動な第一の記号」、構成要件の「予じめ定められた固定位置に於いて第二の記号(例えばピンポン・ゲームのネツト)を表示する処の電気信号を発生するための第二の手段」と異なつている。

また、審決は、本件第一発明と先願発明との対比においては、両者の共通点、相違点を審決の理由の要点4のとおり認定しているが、右共通点、相違点において審決が摘示した本件第一発明の要旨は、前記第一引用例記載のものとの対比における発明の要旨と明らかに異なつている。

したがつて、審決は、あらかじめ本件第一発明との対比における結論を決めておいて、その上で結論を導きやすいようにそれぞれの対比における本件第一発明の要旨を異にして理由づけているものであつて、これは審決の結論に影響を及ぼすべき理由の齟齬にはかならない。

3  審決は、第一引用例には、本件第一発明の構成要件ないしが記載されていることを認め、構成要件において相違する旨認定しているが、第一引用例記載のものは、本件第一発明の構成要件をも具備するものである。

すなわち、本件第一発明の構成要件は、第一の合致に応答して第一の記号の移動を変更する機能を達成する要件である。ここに「移動を変更する機能」とは、漠然とした概念であるので、本件第一発明の構成要件に関する本件明細書に記載された第一の実施例(第10図、第12A図参照)及び第二の実施例(第13A図、第14A図、第20図参照)に基づいて検討すると、右における「第一の記号の移動の変更」は、第一の記号の移動に関する移動方向の反転、記号自体の消滅などを含む記号の移動に関する種々の変更を広く包含するものであるから、合致に応答して記号が消滅することは、「移動の変更」にほかならない。

右の視点に立つて第一引用例をみると、第一引用例記載のものでも、ミサイルと目標物の一致を検出する一致検出回路が設けられ、さらに一致検出回路の出力はミサイル記号が閃光を発するのをシミユレートするように陰極線管を制御するために用いられる(第五欄第二七行ないし第三三号)から、ミサイル記号の表示の消滅にほかならず、「記号の移動の変更」に相当する。

したがつて、本件第一発明の構成要件は、第一引用例記載のものにおいて、完全に満たされているから、第一引用例記載のものをもつて、本件第一発明と異なるものとした審決の認定、判断は誤りである。

4  また、第二、第三引用例記載の周知技術に照らして、第一引用例をみると、第二、第三引用例は、周知技術として「目標物は、選択されたプログラムに従つて適当な回路の助けにより、画像スクリーン上で等しく移動させることができる」との第一引用例の記載をミサイルに応用した場合について、「適当な回路」の具体的な例を示すものである。

審決は、第二、第三引用例について、本件第一発明の要旨と直接関係ないとしているが、原告は、第二、第三引用例を直接本件第一発明と対比させることを主張しているのではなく、第一引用例記載のものの「適当な回路」についての周知技術として示しているのである。すなわち、第一引用例には、手で動かす代わりに記号(目標物)を選択されたプログラムに従つて適当な回路の助けで移動させることが記載されている。その教示に従い、第一引用例記載のものの記号(ミサイル)の記号発生のモノステーブルバイブレータ2、2を第二引用例記載の単安定マルチバイブレータと置換し、それを第三引用例記載の三角波発生回路出力で駆動すれば、ミサイルをプログラムに従つて移動できる。

したがつて、第二、第三引用例記載の周知技術に照らして第一引用例をみると、本件第一発明の構成要件は、第一引用例記載のものから容易に推考できるから、この点に関する審決の認定、判断は誤りである。

5  本件第一発明と第四引用例記載のものは、本件第一発明の構成要件のすべてを具備しており、全構成において一致している。その理由は、次のとおりである。

第四引用例の教示する「玉突きゲーム」も参加者によつて操作される陰極線管デイスプレイで記号を発生させるための陰極線管ゲーム及び訓練装置である点で本件第一発明と構成要件において一致する。

第四引用例記載の玉Yの記号が本件第一発明の可動な第一の記号に対応し、右玉Yの記号の電気信号を発生するコンピユータが本件第一発明の可動な第一の記号を表示する電気信号を発生する第一の手段に対応するので、第三引用例記載のものは、構成要件において本件第一発明と一致する。

第四引用例記載の壁の記号が本件第一発明の固定位置の第二の記号に対応し、第四引用例記載の壁の電気信号を発生するコンピユータが本件第一発明の第二の記号を表示する電気信号を発生する手段に対応するから、第四引用例記載のものは、構成要件において本件第一発明と一致する。

第四引用例記載のものでも、右玉Yの記号と壁の記号の一致が検出され、一致に対応して玉Yが反射方向に移動され、この一致検出は、第四引用例記載のコンピユータにより実現される。したがつて、第四引用例記載のものは、構成要件において本件第一発明と一致する。

第四引用例記載のものは、前記一致検出後の玉Yの移動をコンピユータにより実現する。コンピユータは、その目的のため玉の運動方程式を実時間で解き、玉の刻々の位置や壁との距離を検出し、衝突の条件になれば衝突の法則をあてはめ、次の運動の初期条件を算定し、運動方程式を解いていくから、第一の合致に応答して第一の記号の移動を(反射方向に)変更する手段に対応する。したがつて、第四引用例記載のものは、構成要件において本件第一発明と一致する。

したがつて、第四引用例記載のものについての審決の認定及び本件第一発明との対比判断は誤りである。

6  第四引用例記載のものがポイントプロツト型のデイスプレイであつてラスタ走査陰極線管デイスプレイでないことは認める。

しかしながら、この点は、審決の全く判断していないところであるから、本件取消訴訟の争点となり得ない。本件審決が取り消された後特許庁が改めて審理判断すべきである。

仮に、本件取消訴訟において右の点が争点となり得るとしても、ポイントプロツト型デイスプレイは、陰極線管のビームを輝度制御しながらビームを偏向させてスクリーンの所定位置を順に直接的に明るくすることで記号をスクリーン上に所望のように描くのに対して、第一引用例に記載されているように本件出願前知られていたラスタ走査陰極線管デイスプレイは、陰極線管のビームを水平走査させながら垂直走査してスクリーン全面を走査し、画面の所定位置の走査時にビームを輝度制御することで記号をスクリーン上の所望のように描くから、両者の差は、ビームの偏向と輝度制御の方式の差にすぎず、記号の移動制御の方法は、両者間で互換性がある。

したがつて、ポイントプロツト型デイスプレイの構成要件ないしをラスタ走査陰極線管デイスプレイで実現することは容易推考の域を出ない。

7  本件第一発明と先願発明とは、次の四構成要件から成るものである。

① ラスタ走査陰極線管デイスプレイのスクリーン上に記号を発生するためのテレビジヨンゲーム及び訓練装置、② スクリーン上に二つの記号を表示すること、及びこの二つの記号を表示する電気信号発生装置を持つていること、③ 右二つの記号の合致(一致)を判定する手段、④ 右合致(一致)に応答して二つの記号のうち一つの記号の移動を変化させる手段。

両発明は、①の対象装置、②の二つの記号及びそれらを表示する電気信号発生装置、③の二つの記号の一致判定をする手段を持つ点において共通することは、審決も認めている。

審決は、審決の理由の要点4摘示の点において両者は相違していると認定するが、両発明の明細書に開示された実施例、及び図面を対比すると、本件第一発明における固定位置とは、「移動」の中の一態様にすぎず、また、本件第一発明における「記号の移動を変更する手段」と先願発明における「記号の移動を行わせる手段」との間に実質的差はないから、両発明は同一である。

したがつて、両発明は同一であるとは認められない、とした審決の認定、判断は誤りである。

8  特許請求の範囲に記載されるべき発明の不可欠の要件とは、特定の課題を解決するための再現性のある技術手段をいうのであつて、回路構成によつて得られる単なる機能は、発明の構成とはなり得ない。このような機能そのものを発明の要件とすることが許されるならば、発明の効果そのものの独占を許すことになり、特許法が技術の進歩を封じる結果となる。

しかるに、本件特許が特許法第三六条第四項の規定に違反するとの原告の主張について、機能そのものに本件第一発明の特徴があるとした審決の判断は誤りである。

また、本件第一発明の特許請求の範囲の記載には、単にラスタ走査陰極線管デイスプレイのスクリーン上に表される記号の数、その記号の運動、相互関係をごく概括的に表現するにとどめるため、何が技術的手段であるか特定できず、発明の構成、特に実施例との対応関係が極めて不正確であり、到底一定の発明の構成をいうものとはいえないから、右の点について、右各構成相互の対応関係関係が特定されとした。審決の判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四1の事実は認め、その余は争う。

1  審決の取消事由1の事実は認める。右の事実が審決における判断の遺脱であり、取消事由を構成することも認める。

2  審決が、原告指摘のように、本件第一発明の要旨を特許請求の範囲記載のとおり認定していること、並びに第一引用例記載のもの及び先願発明との対比においてそれぞれ原告主張のとおり共通点、相違点を認定しており、第一引用例記載のものとの対比の共通点の認定での本件第一発明の要旨の捉え方が、認定された本件第一発明の要旨及び先願発明との対比で捉え方と矛盾するとの原告の主張は争わない。

しかしながら、第一引用例記載のものとの対比については、審決が誤認しているのは共通点であるから、その誤認は、審決の結論に影響しない。また、先願発明との対比については、第一引用例記載のものとの共通点の認定自体が誤認であるから、審決が第一引用例記載のものとの対比の際に共通点として認定した本件第一発明の要旨を先願発明との対比において使用しなかつたのは正当であり、審決を取り消すべき違法とはならない。

3  第一引用例記載のものにおいては、ミサイル記号が閃光を発することが示されているが、閃光を発した時点、あるいはその後にミサイル記号にどのような変化が生ずるかについては、何らの開示も存しない。閃光を発することと消滅とは別の時限の問題であり、両者を同一とすることはできない。

また、「移動の変更」という言葉は、通常の用語として運動の方向その他態様の変化を意味するものであつて、「消滅」を含むものとすることはできない。文言上「移動の変更」に「消滅」を含まないから、特許請求の範囲4の発明において本件第一発明とは別個に「移動を変更する手段」に代えて「消滅させる手段」としたのである。原告の主張する実施例はいずれも特許請求の範囲4の発明の実施例であり、「移動を変更する手段」を示すものではない。

したがつて、第一引用例が本件第一発明の構成要件を開示しているとする原告の主張は失当である。しかも、第一引用例は、第二の記号自体を開示しておらず、その存在を前提とする構成要件の開示はあり得ない。

4  第二、第三引用例記載の技術が周知であることは認めるが、右技術は、いかなるテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置を構成するかという点には全く関係がない。

したがつて、第一引用例に前記3指摘の点が開示されていない以上、第二、第三引用例記載の技術を根拠に本件第一発明が第一引用例記載のものから容易に推考できるとはいえない。

5  第四引用例には、どのようなビリヤードゲームを行つたかという単なる体験談が記載されているだけであり、コンピユータとデイスプレイを用いることを除いてゲーム装置がいかにして構成されるかという具体的な点が何ら記載されていない。

このように、第四引用例は、テレビジヨン・ゲーム及び訓練装置についての本件第一発明の構成は何ら具体的に示していないのであるから、審決の認定、判断には原告主張の違法はない。

6  審決取消訴訟においては、原告は審決を取り消すべき重大な違法を主張しなければならないから、第四引用例記載のものと比較して本件第一発明が特許性を有しないことを具体的に論証する必要があり、第四引用例の示すデイスプレイは本件第一発明のラスタ走査陰極線管デイスプレイではないとの点は当然本訴の争点となるものである。

そして、本件第一発明は、デイスプレイでラスタ走査陰極線管を用いることにより一般課程のテレビジヨン受像器を利用することができ、商業的に非常に価値があるという顕著な作用効果を達成しているのであるから、原告の主張は失当である。

7  本件第一発明と先願発明との相違点について、原告は、本件第一発明における「固定位置」とは「移動」の中の一態様にすぎないと主張するが、本件明細書の記載に照らし、「固定位置」と「移動」とは明らかに区別されるべきであり、右主張は誤りである。

また、原告は、右相違点中の「移動の変更をする」と「移動を行わせる」点について、両発明に構成上の差がない旨主張するが、この点は、本件第一発明と先願発明との審決認定の相違点を正確に把握していないことに基づく的を射ない主張である。

8  特許法第三六条第四項に規定されているように、特許請求の範囲には発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載すればよく、実施例に記載された回路構成を漏れなく記載する必要のないものである。

特許明細書には発明の目的、構成、効果を記載するが、構成には発明の目的を達成させるためのいくつかの実施例を記載し、特許請求の範囲には、それらを抽象化して発明を表現することは一般的に行われていることである。本件第一発明の場合も、特許請求の範囲には、ラスタ走査陰極線管デイスプレイのスクリーン上の記号を発生させるためのテレビジヨン・ゲーム及び訓練装置の具体的手段を示しており、その裏付けが明細書の発明の詳細な説明の項に記載されている。

たとえ、本件第一発明の特許請求の範囲に記載された「可動」、「合致」、「移動を変更する」などの文言が広範な概念であつたとしても、本件第一発明はこれらの概念が組み合わされて具体的手段を構成するものであるから、抽象的、機能的な概念そのものに特許が与えられたものではない。

したがつて、本件第一発明が特許法第三六条第四項の規定に違反しているという原告の主張は失当である。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  本件発明の特許請求の範囲は、請求の原因二(本件発明の特許請求の範囲)記載のとおりであり、特許請求の範囲1項ないし4項の発明は、それぞれ別個の発明であること、原告がした本件以降審判請求は、特許請求の範囲1項ないし4項の発明のすべてについて、その無効を請求したものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、特許法第一二三条第一項(昭和六二年法律第二七号による改正前)の規定によれば、特許請求の範囲に記載された二以上の発明に係るものについての無効審判請求は、発明ごとにすることができ、その場合特許庁審判管は、それぞれの発明について特許を無効とすべきか否かを認定、判断すべきであつて、一の発明に無効事由がないからといつて右特許請求の範囲に記載されたすべての発明に無効事由がないとはいえないことは、右規定の趣旨に照らし、明らかである。

したがつて、このような無効審判請求について、特許請求の範囲に記載され発明が特許性を具備するか否かを判断する手法として、発明の要旨を認定するに当たつては、発明ごとにその要旨を認定し、請求人主張の無効事由を検討して、判断の結論及び右結論に至る理由を審決に示さなければならないことは当然である。

これを本件についてみるに、前記審決の理由の要点によれば、審決は、「本件発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第一番目(本件第一発明)に記載されたとおりのものと認める」と認定し、本件発明の特許請求の範囲2項ないし4項に記載された発明については、何ら検討することなく、「請求人が主張する理由及び証拠によつては本件特許を無効とすることはできない」と判断したものであつて、本件発明の要旨認定を誤り、その結果特許請求の範囲二項ないし4項に記載された発明について特許性を具備するか否かの判断を遺脱したもの(右の事実が審決における判断の遺脱であることは、当事者間に争いがない。)であつて、その誤りは、「本件審判の請求は、成り立たない」とする審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

したがつて、審決は、原告主張のその余の取消事由について検討するまでもなく、違法として取消しを免れない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、正当としてこれを認容し、訴訟費用及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、 第一五八条第二項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

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